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人工意識に関するメモ
人工意識について考えたことのメモ

人間の五感を外界からの刺激の入力装置とみなす考えかたには、限界があると思っている。

どんな限界があるのか考えてみる。

例えば視覚をコンピューターで模倣してみようとするとすぐに困難にぶち当たる。

まずカメラがパソコンに繋がっているとする。

そのカメラからは、レンズに映ったものが縦横千ドットで1ドットあたり千色の色情報を持つデータとして、パソコンに送られてくるとする。

そうした情報からなんらかの形を見いだして意味のあるデータに変換するプログラムは、不可能ではない。例えばテニスボールを認識してラケットを振るとか。

問題は、ある形に与えられる意味はあらかじめプログラミングされたものに限定されてしまうことだ。

この事は上の文章以上の制限を課する。

まず、形と意味の関係が自明の真理として前提されてしまう。

もっと言うとある形の意味として与えられた観念について、文字通り意味を限定させなければならない。

しかし、人間は実際そのように意味がプログラミングされている訳でないのは明らかだ。

カバとかハナミズキとかとても具体的なものの意味さえ、その色や形だけでなく使い方や、ある場合は食べ方に関してまで、意味は常に未完成のものとして開かれてある。

そもそも「意味」という観念すら明確に規定されないまま、いかにも意味のある振る舞いをしているようなのである。
| 昨日の日記 | 01:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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