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最近の昨日今日のことは明日書くとして
2010.06.29 Tuesday
ひとこま練習帳、第四節
それはこんな話であった。 江戸時代も末頃のこと、この地に材木商で財産を築いた留吉という男がいた。留吉は全国から船で運んでくる木材を買いつけ、内地に売りさばいて沢山の利益を上げた。真面目で勤勉な留吉の商いは年を追うごとに大きくなっていった。しばらくして、横浜で未曾有の大火事が起った。横浜復興のため、留吉は木材をおろしに横浜に向かった。留吉が横浜に留まっていたとき、ヘボンという名のアメリカ人宣教師の知遇を得た。日本の樹木に詳しい留吉は、博物学者でもあった彼の植物採集にも同行するようになった。そして留吉はヘボンの助手を務めていた異国の娘と恋に落ちた。二人は互いに愛し合い、結婚の約束まで交わした。しかし当時、外国人の殺害事件が横浜の外人居留地を騒がせており、娘の両親は二人の結婚に猛反対だった。留吉は半ば連れ去るように、木場にある自分の屋敷まで娘を連れて帰った。娘の両親はついに観念したが、娘は次第に故郷を恋しがるようになった。娘を深く愛していた留吉は、なりふり構わず散財し、土地の一角に異国趣味の庭園を造って娘を慰めた。しかし留吉がいくら慰めても、娘の故郷を思う気持ちは日増しに強くなっていくばかりだった。業を煮やした留吉は、娘を外国式の庭園に閉じ込めたまま、母国語で話すことさえ禁じてしまった。ある日留吉は、娘が庭園で異国の男と逢瀬を重ねているという噂を耳にする。嫉妬に狂った留吉は、紀州まで木材を買いにいくと行って、庭園の中に身を潜めた。三日三晩が過ぎて、何も訪ねてくるものがないことを知ると、留吉は娘を気の毒に思うようになった。「ああ気の毒な我妻よ。異郷の地で訪れるものもなく、こんなに広く寂しい庭の中を彷徨いながら、虚しく月日を数えているのだ。こんな私を愛したばかりに」留吉があきらめて隠れ場から出ようとした時、庭園の林の奥で、娘が異国の男と生まれた国の言葉で話をしながら、親密に手を握り合っている姿を目にしてしまう。留吉は激しい怒りに駆られた。そして懐に忍ばせていた脇差しを抜いて、二人もろとも斬り殺してしまった。留吉は夜陰に乗じて庭園を飛び出すと、隅田川に脇差しを投げ捨て、三河まで馬を飛ばした。そこから江戸へ向かう廻船に乗り、自分の屋敷にとんぼ返りした留吉は、屋敷の使用人から庭園で起った惨劇を聞くや、激しく胸を掻きむしって嘆き悲しんだ。そしてその事件は、日頃過激さをましてきた攘夷派の狼藉ということで片づけられた。 マルソ君は、食事も忘れて話に聴き入っていた。 「それから留吉はどうなったんだ」 「それから十年以上も後のこと」その方は話を続けた。 留吉の屋敷にアメリカ領事館から使者が訪ねてきた。あの事件があって数年、娘の両親は領事館に何度も訴え続けた。しかし世は幕末の動乱の最中、今頃になって領事館から調査隊が送られてきたのだ。江戸でも有数の商人に成長し、罪の意識もすっかり消えてしまった留吉は、平然と彼らを庭園に招じいれた。事件以来打ち捨てられ、すっかり荒廃してしまった庭園から、手がかりなど見つかるはずがないと留吉は高を括っていた。そして、留吉が事件のあった林の中を案内して歩いていると、調査隊は一本の樹の前で立ち止まった。彼らは留吉の知らない言葉で互いに囁き合いながら、樹の幹を手でなでたり葉をちぎって眺めたりしている。留吉は息をのんだ。彼らが立っていた場所は、留吉が娘と男を切り捨てたまさにその場所であった。かててくわえて、そこに立っていた樹は、留吉にも全く見覚えのない樹だった。留吉は不安に駆られて樹を見上げた。すると留吉が驚いたことに、鬱蒼と茂る枝葉のところどころに、娘を斬った時の血飛沫が、赤々とこびりついていたのだ。留吉は悟った。「嗚呼、あれは異国の樹だ。この手で妻を殺めたとき、あいつのすがったあの若木が、こんなにもすくすくと成長したのだ」留吉がその樹を知らないのも無理はなかった。それは娘が故郷を偲んで南米から取り寄せた海紅豆、別名をアメリカデイゴという樹だったからだ。その後、調査隊は何の手がかりも得られずに帰って行った。それからというもの、留吉はその樹が生えている場所に祠を建て、異国の娘の霊を弔ったという。 じっと耳をそばだてていたマルソ君は、話が終わったのを知ると、本当にあった話なのかと訪ねてみた。その方はただの作り話だと答えた。 「君が作ったの」 「何か話をするということだったので」 「なんて言うか、そんな大時代な話が出るとは思わなかった」 マルソ君が言い終わらないうちに、その方は箸を置いた。 「じゃあ、これで失礼します。ごちそうさまでした」 その方はそう言うと、自分の食べた食器を持って流しの方へ消えていった。 「とてもムードのある話だったよ」 マルソ君は弁解しようとしたが、その方はそれきり戻ってこなかった。
2010.06.28 Monday
ひとこま練習帳、第三節
リビングのテーブルの上に、ご飯を盛った茶碗二つとみそ汁の入った紙コップを用意した。ご飯の上にはシャケの切り身のさらに切り身がひとつずつ。みそ汁はインスタントだった。マルソ君は冷蔵庫からキムチの入った瓶を取ってくると、ふたを開けてテーブルの上に無造作に置いた。 その方はじっとご飯の上のシャケを見詰めていた。マルソ君はいただきますと言おうとしたが、馬鹿らしくなってやめた。マルソ君がご飯を食べ始めてすぐにその方はつぶやいて言った。 「こんなのばかり食べてるんですか」 「文句言うなよ」とマルソ君がやり返すと、その方は箸でシャケの身をほんの少しほぐして口に運んだ。 「うわ、しょっぱ」 「それがいいんだ」といってマルソ君は白米を口の中に掻き込んだ。 その方は、どこか古風な国の王様に仕える献酌人のような慎重さで口に運んだ食料を念入りに咀嚼していた。マルソ君が二膳目をついで戻ってくると、その方は言った。 「何か話して下さい」 「今度は君の晩だ」とマルソ君は反論した。 「今日は俺が作ったんだから、君が話すべきだ」 「これで?」 その方は聞き取れないくらい小さな声でそういったまま、箸を止めてしばらく思案していた。 「すぐ隣の三ッ目通りを北に行くと最初に突き当たる大きな交差点があります。その歩道に、海紅豆の樹が一本だけ植えてあるのはご存知ですか」 マルソ君は考えていた。確かにその樹には見覚えがある。交差点の北東の隅、北から三ッ目通りの歩道と東から永代通りの歩道が交わる一角に大きな樹が植えてある。春から夏にかけて、深い緑の枝葉がところどころ火のように赤い若葉で彩られる見応えのある樹だ。マルソ君はその樹がなんて言う名前の樹なのか、知りたいと思いながら、ずっとそのままにしていたのである。 「あれは若葉ではなくて花です」 その方はマルソ君の思い違いを正してさらに話を続けた。それはこんな話であった。 2010.06.27 Sunday
メメントムジーク
マルソ君が胸に抱く願いはいつも
「こんなハッピーエンドを迎えたい」 大仏の前で歌う、ヒューグラント&ヘイリーベネット (笑) ♩ネバーフォーゲット ザ・ハート ネバーフォーゲット ザ・ソング ネバーフォーゲット ザ・ハッピーエンディング オー ネバ フォーゲッラ〜〜〜ブ 2010.06.26 Saturday
バカと壁
マルソ君は今日、秋葉原に出かけた。地デジチューナーを買うためである。二階のmacコーナーと四階の映像コーナーを何回も往復して、マルソ君は余分な機能がなく、一番安い商品を探した。マルソ君が購入したのは、SANYOのIVR-S100Mという商品だった。HDMI端子とアナログ端子のついた小型のチューナである。 マルソ君の家にはテレビがない代わりにプロジェクタがある。3年ほど前に買ったSANYOのプロジェクタは、ハイビジョン対応ではあるものの、フルハイビジョンには対応していない。ちなみに当時のフルハイビジョンのプロジェクタの値段は50万近くしていた。 マルソ君がプロジェクタを買ったのは映画を観るためだ。真っ白い壁をスクリーンにして、80インチ近い大きさで観る映像は、DVDといえどもなかなか迫力がある。さらに最近、ブルーレイプレーヤが既に発売されていたことを知ったマルソ君は、SONYのBDP-S360というプレーヤを買って、プロジェクタのHDMI端子をはじめて使ってみた。フルではないハイビジョン映像で映画を観てみたのである。マルソ君は映像をみて感動した。店頭に並んでいるフルハイビジョンテレビの映像と比べても遜色が無いように思えたのである。 しかし、プロジェクタにチューナを接続してテレビを観るためには、部屋を暗くして、音声出力をブルーレイプレーヤからチューナに切り替えて、プロジェクタ、コンポ、チューナの三つのリモコンを操作しなければならない。そんな面倒な手間をかけてもマルソ君がプロジェクタにこだわるのは、上質の映像というよりは、マルソ君がテレビを徹底的に馬鹿にしていることによるものだ。 もちろんテレビが馬鹿なのではない。テレビがあると、つい電源を入れてバラエティー番組に釘付けになってしまう本人の方に問題があるのは言うまでもない。こんなことやってたら馬鹿になってしまうという心配をテレビにせいにしているのである。そんなマルソ君には、テレビを観るのは面倒くさいくらいがちょうどいいのであった。 2010.06.25 Friday
バタフライ効果症候群
マルソ君は午前2時過ぎまで頑張って起きていたのだが、ふと気づくと時計は午前6時を回っていた。 今朝は会社に向かう足が重たかった。道行く人も満員電車の中でも、デンマーク戦について噂する声は少しも聴こえてこない。街全体がワールドカップのことを忘れようとしているのだろうか、とマルソ君は自然早歩きになった。会社についてパソコンをつけると真っ先に毎日jpのニュースサイトに接続した。 ―日本、2大会ぶりに決勝トーナメントへ 日本が勝利した。しかも3対1の快勝であった。本田が無回転フリーキックを決めた。遠藤もフリーキックで追加点を決めている。相手の得点はPKによるもので、しかもいったんは川島がはじき返している。そして、3点目、本田が個人技でゴール前に切り込み、フリーの岡崎にパス。それを無人のゴールに流し込んだ。 マルソ君は、なぜあとたった一時間が起きていられなかったのかと非常に悔やんだ。ライブ中継を観た人の悦びはいかほどのものであったろう。しかし、マルソ君はこうも思う。 「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起る。あと一時間長く起きて、満喫でサッカーを観戦していたとして、同じように快勝することが出来たかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなんだ。わかったかい、けれども」 要するに、マルソ君はほっとしたのだった。いつもと変わらない一日に花が添えられたというものである。次のパラグアイ戦は幸い日本時間午後11時キックオフである。今度こそ、テレビ画面の前で声を張り上げてエールを贈ろう、と思った矢先、マルソ君は考えを翻した。 「そんなのはごめんだね。俺は俺しか応援しない!」 よし、頑張れ。 2010.06.24 Thursday
最近の明日
マルソ君は仕事のストレスと疲れで、身も心もくたくたになっていた。こんなことで、健康を害することにでもなったら、いったい誰が責任取ってくれるんだと考えて、よけい気分を害してしまった。 「いかん、何か楽しいことを考えよう」 マルソ君は、思考力も消耗しているので、何か楽しい考えを、ほぼ日手帳に箇条書きにすることにした。 例えば、あした南アフリカで大地震があって、没。 例えば、あした俺好みの女の子に告白されて、サッカーどころではなくなって、没。 例えば、あした突然ピアノが自由自在に弾けるようになって、サッカーどころではなくなって、没。 例えば、あしたハルマゲドンが始まってサッカーどころではなくなって、没。 マルソ君のあしたに何が起るかは、マルソ君にはうんざりするほど明白なのであった。そのことはもう揺るぎないほど確実なことにしか思えないので、いくら考えを巡らしても心晴れやかとはいかないのである。 「想像もできないあしたなんて、俺には想像もできない」 そこでマルソ君は考え方を変えてみた。 「どうやれば、俺の知ってるあしたを裏切るあしたになるか」 下着を裏返しに着たまま出勤する。 左右あべこべの靴下をはいて出勤する。 もとい靴下をはかずに出勤する。 パンツもはかずに出勤する。 出勤しない。 そもそも朝起きない。 「ああ馬鹿らしい!」 マルソ君はほぼ日手帳を投げ出してしまった。すると、心なしかさっきよりは少しましな気分になっている気がするのであった。 2010.06.23 Wednesday
もうサッカーは観ない、なんて言わないよ絶対
マルソ君は引っ越してからというもの食費の節約に努めている。 今日ももやし炒めと茹でたオクラで済ませた。豚バラもスーパーで一番値段が安いものを選ぶ。そういうのはたいてい、赤身が少なくて脂身が多い。でも大丈夫。フライパンの上で時間をかけていためると、油を一切使わずに調理が出来るからかえって都合が良いのである。 そこへ水洗いしたもやしとニラとピーマンをくわえて強火で一気にいためる。仕上げは塩ダレである。紅ショウガをそえるとなお良い。これだけで飯をどんぶりでいける。残った材料は明日の弁当に同じものを作る。 もやしが39円、ピーマンとオクラが100円くらい、ニラは残りもので、豚肉が200円のパックの半分(残りの半分は翌日の夕飯に使う)なので、使った調味料と合わせても、今晩と明日の昼で400円程度ですむ。そうして、そこそこ美味しく、なにより安く仕上げたことに達成感を覚えながらマルソ君は考える。 「もう夢なんてみない、なんて言わないわ絶対!」 ところで、オランダ戦について書くのを忘れていた。辛くも惜敗で終わった訳だが、このへん微妙な言い回しでかたじけない。駅から歩いて二分の満喫のオープンルームにあるアナログテレビで、後半のオランダのカウンターとワンチャンスを逃さない実力を見せつけられたあの試合にあっては、辛くも惜敗というより他にうまい表現が思いつかない。 とはいえ、日本代表メンバーの技術力の高さには目を見張るものがあった。とりわけ驚いたのが、敵を背にしている時のパスの処理であった。家にテレビがないので、ここ数年日本代表のプレーを観ることがなかったのだが、私の覚えている限りの日本代表は、中盤あたりで自陣を向いてバックラインから送られてくるパスを受ける場合、十中八九ボールを自陣に、つまりトラップしたら自分の前にボールを転がしていたように思う。三歩すすんで二歩さがるというやつである。 それが今度のオランダ戦では、中盤のどの選手もダイレクトに横に流すか、ワンタッチでキープして向きを変えているではないか。センタリングの度にため息をついていたあの頃は、遠い日の花火であった。 しかし、敗れたものの惜敗という文字に何となく慰めを見いだしているのもまた事実ではないかと思う。日本のサッカーなんてワールドカップ出場くらいにならないと観てられないという同朋諸君よ。絶対に有利である(べき)次のデンマーク戦に敗れた時こそ、岡田じゃぽーんを徹底的にコケにしてやろうではないか。その時は私も言おう。サッカーなんて犬に食わせろ! 2010.06.22 Tuesday
ひとこま練習帳、第二節
マルソ君は、自宅の前でインターホンを押そうとして止めた。鍵を開けて中に入ると、部屋の中に明かりはなく、今朝出たままの様子だった。マルソ君は部屋着に着替えてキッチンに向かい換気扇を回すと、フライパンを火にかけてシャケの切り身をのせた。ちょうど魚が焼き上がる頃にどんぶりにご飯をつごうとして、炊飯器が空っぽなのに気がついた。マルソ君は舌打ちして、炊飯器に米をセットした。時間を持て余したマルソ君は寝室に向かい、窓辺に置いてある電子ピアノの前に座った。ヘッドホンをかけて適当な和音を探っているうちにマルソ君はやおら弾き語りを始めた。 ♪夜行列車のチケット買って 雪の降る町に行こうよ 洗い立てのシーツを広げたような 白い大地に寝っころがって笑うんだ ♪遠くがいいな遠くへ行こう なくすものはないし こぼす涙も必要ない ♪狭いデッキの窓を流れてく街が 森や谷にうずまってくオーマイゴーシュ 「オーマイゴーシュ!」 マルソ君はあわててヘッドホンをなぎ払った。寝室のドアの前にその方が立っていた。 「ピアノ弾くんですか」とその方が訊ねた。 「いや、断じて」とマルソ君は答えた。 「何やってるんだ、そんなとこで」今度はマルソ君が訊ねた。 「ご飯、炊けました」とその方は答えた。動悸が治まりマルソ君が口を開こうとすると、どこからかお腹の鳴る音が聞こえた。 2010.06.21 Monday
How does she know?
マルソ君は昨日、ディズニーの『魔法にかけられて』という映画を観た。観終わってマルソ君は思った。 「面白いじゃないか」 はじめのうちは、主演のエイミーアダムスが馬鹿にしか見えなかったマルソー君だが、ニューヨークでの二度目の歌とダンスですっかりまいってしまったのだった。 「もうあの歌と踊りが観れただけで、傑作」 そういって、マルソ君は何でもかんでも傑作にしてしまうのであった。かくいう私も、確かにミュージカルシーンやダンスの場面はディズニーの面目躍如たるものがある、と思う。傑作かどうかは別の話としてだが。 ところで、マルソ君はその前にも『パラノーマルアクティビティ』というホラー映画を観ていた。全然怖くないという評判だったが、夜中に部屋で一人で観ていたマルソ君は、アメリカ人の怖いという感覚と日本人のそれとの本質的な違いについて、随分考えて込んでいたようだ。 「和製ホラーの怖さは怨霊に対する恐怖だが、アメリカ人の死霊観はきっとシリアルキラーに対する潜在的な恐怖なのではなかろうか。どうかね、プロタゴラス君」 もう一つ確信の持てないマルソ君であった。 2010.06.20 Sunday
ひとこま練習帳〜推敲とつづき〜
マルソ君が会社から帰ると部屋の中にその方がいた。玄関でマルソ君が立ち惚けていると、その方は「お帰りなさい」と行ってキッチンに入っていった。我に返ったマルソ君はキッチンに向かった。ガスコンロには鍋がかけてあり、タマネギをゆがいた甘い匂いを立ち上らせている。無防備に背を向けたその方は、何かを調理しているようだった。リビングの奥のベランダから洗濯機の電子音が鳴っている。マルソ君は、透明なガラスの檻の中を観察するように、その光景をじっと眺めていた。 「たまりすぎじゃないですか、洗濯物」 マルソ君に背を向けたまま、その方は言った。マルソ君は、とるものもとりあえずバルコニーに向かった。ドーナツみたいによじれ合った衣類やタオルをほどいては、物干竿にかけていった。洗濯物をやっつけてリビングに戻ると、テーブルの上に夕飯の支度がしてあった。タマネギとえのき茸の入ったみそ汁に、カラスガレイの煮付け、小松菜のおひたしに、鰹のたたきまで並べてあった。先に席についていたその方は、まだカーテンのかかっていない窓をうつろに眺めていた。 「これ、食べていいの」 マルソ君が尋ねると、その方は「どうぞ」と素っ気なく答えた。マルソ君は席に着いてみそ汁から手を付けた。 「食べないんですか、美味しいですよ」 マルソ君はぎこちなく話しかけた。 「もう十分食べましたから」 その方は答えた。まるで一生分の食事を済ませてきたような言い方だった。マルソ君が黙々と食べ始めると「何か話して下さい」とその方は言った。マルソ君はしばらく考えてから話し始めた。 「この間、社内のボランティア活動の事務局に指名されたんだけど、今日そのキックオフがあってさ。初日だからといって事業部長が参加したんだけど、この活動は事務局で自発的にすすめるものだから、自分は口出ししないとかいいながら、結局一番喋っていたのが」 「煙草もらっていいですか」 「え、ああどうぞ」 そういって、マルソ君はシャツの胸ポケットからマイルドセブンのボックスとライターを取り出してテーブルの上に置いた。その方は、ボックスから煙草を一本取り出すと、リビングを後にした。マルソ君はその方の後ろ姿を見送ってから、鰹のたたきを一切れ口に運んだ。「うまい」と何度もつぶやきながら、マルソ君はまた黙々と食べ始めた。 結局その方は、煙草を吸いに出て行ったまま戻ってこなかった。マルソ君は玄関の鍵はかけずに、チェーンロックだけ引っ掛けて、寝床についた。翌朝は、マルソ君は六時過ぎに目がさめた。流しには昨日使った食器が洗って重ねてある。夕飯を食べ終えてから、マルソ君が自分で洗ったものだ。マルソ君はもう一度、部屋中の戸締まりと電気のスイッチを確認してから会社に向かった。 |