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さよなら、にっぽぽぽぽーん
 日本人止めるとどうなるか考えてみる。

 国内亡命。選挙権無し。健康保険も厚生年金もなし。住所不定、無職。

 これで明日から会社にいかなくてよくなった訳だが、その代償は大きい。

 ただし、今すぐにこまるわけではない。

 問題は、所持金が無くなってからだ。

 日本人を止めれば、一切の経済活動から閉め出しを食らうのは、日を見るより明らか。

 まず、嘘をつかないかぎり賃金を得る労働は出来ないだろう。全ての労働は法律によって規定されているから(たぶん)。

 身分を詐称すれば、日雇い人夫とか、個人経営の飲食店でバイトするとか、まあ何とかなるかもしれないが、今より低賃金の労働に従事しているとしたら本末転倒になる。

 日本人を止めるのであれば、日本の法律はいったん度外視して、自分の法律を作って生きていくべきだ。

 そうすれば、他国(日本)の法律を侵犯しても、俺自身の法律をおかさなければ俺的には無罪である。日本の警察からは逃げなきゃいけないが。

 ただし、日本の法律から自由だといっても、人としての倫理まで失う訳ではない。

 なので、日本の法律を破る場合でも、必要以上に儲けている企業や個人にターゲットを絞るとか、無銭飲食とか万引きのような軽犯罪にするとか、最低限のルールが必要になってくる。殺人なんてものは言語道断、法律以前の問題なのである。

 日本人を止めたとしても、ただの犯罪者に成り下がるのでないならば、俺は自分を(できれば他人も)納得させるだけの俺法典を整備しなければならない。

 俺法典を整備したくても、いい加減にしとかないと朝起きれなくなって、明日会社に遅刻してしまうから、寝ることにする。
| 昨日の日記 | 02:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
げんきんだま
 株で確実に儲ける方法を考えてみる。

 お金が1億円あったとする。

 どの会社の株も微妙に上がったり下がったりを繰り返しているとする。

 俺はバカなのでシンプルなケースで考えてみる。

 つまり、株価が上がったり下がったりする確率は、どの会社も半々だと仮定する。

 そして、会社がつぶれない限り、長いスパンで見ると下がった株価は上がろうとし、上がった株価は下がろうとするものだと仮定する。

 このとき1000万円ずつ、10社に分散して投資するとどうなるか。

 上がったり下がったりする確率を半々だとして、いま1社の株価が100万円分上がりました。すると、別の1社の株価が100万円分下がることになる。

 いま、確率の分布状態を見てみる。

 俺はバカなので、単純化して考える。

 一度株価が上がると、最初の前提から、今度は下がる確率が他の会社よりも高いはずなので、−1点とする。

 一度株価が下がると、これも今度は上がる確率が他の会社より高い(という前提だった)ので、+1点とする。

 で、今の得点は…

 −1+0+0+0+0+0+0+0+0+1=0点

 そこで今度は、株価が上がった方の会社は、株を全部売って100万円だけ儲けた後、儲け分だけ差し引いて、1000万円でまた別の会社の株に買い替える。

 下がった方は、じっと我慢だ。

 1社の株は一度上がったから、今度は下がる確率が高くなったけれども、その1社の株は全部お金に換えて別の会社の株を買ったので、もとの会社の株を持ち続けていた場合に受けたかもしれない損害の可能性はリセットされたことになる。

 一方、下がった方の会社は今度は株価が上がる確率が高くなっていることになる。

 で、今の得点は…

 0+0+0+0+0+0+0+0+0+1=1点

 ただし、この時点での資産総額は、±0円の1億円だ。なぜなら、株の値上がり分で100万円儲けたけれども、他方で別の会社の株価が100万円分目減りしているからだ。

 さて、今度は別の二つの会社に株価の変動があった。

 1社が上がり、1社が下がる。

 なので、さっきと同じ事を繰り返すと得点はこうなる。

 0+0+0+0+0+0+0+0+1+1=2点

 ただし、ここでもまだ資産総額は変わらず1億円のままだ。

 こんな事をあと何回かやっていると、得点がこんな事になってしまった。

 1+1+1+1+1+1+1+1+1+1=10点

 でもやっぱり、資産総額はまだ1億円。

 ところで、今手元には100万円ずつ目減りした9000万円分の株と、上がった株で儲けた1000万円の現金がある理屈になる。

 一見、プラスマイナス0のようだが、持っている株はどれも一度株価の下落を経験しているものばかりなので、確率的に見れば、今後上がっていく確率が非常に高い状態になっている。

 ほんとうだろうか?

 俺、どっかで間違った考え方してないか?

 これは何を意味しているのだろうか?

 つまりだ、マクロな視点で資産運用すれば、ほぼ確実にお金を増やす事が出来るという事だ。

 よっしゃーい!

 みんなの現金を少しずつオラに預けてくれ。
| 昨日の日記 | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
俺にもできる脱サラ
 職業はプロの空想家です。

 よし、これでいこう。

 今日、本読みながらふと考えてみた。というか考えてしまった。

 どれだけ喋っても語り尽くせないものって何かあったかな、と。

 答えはすぐに見つかった。

 メロディー付きで。

 なんにもない なんにもない まったくなんにもない

 情けないじゃないか。

 こんなに生きていて、語り続けられるものがひとつもないなんて!

 そいうわけで、空想だったら何時間でも語ってられるし、何行でも書き続けられるぜ、と。

 プロだぜ、と。

 そういうものにわたしはなりたい。

 まあ待ちたまえ。

 プロというからには、ただ空想しているだけじゃいけない。

 そこにキャッシュフローが生じていなければならない。

 お金の流れない空想家なんてものは、ただのアマチュアに過ぎない。

 それでは、空想がどのように職業として成立するのか、ちょっと考えてみる事にする。

 まずターゲットは誰か。

 他人の空想にお金を払おうという奇特な人間がそもそも存在するのかどうか。

 いない気がする。

 困った。

 いなければニーズを作ればよい。

 まずは広告だ。

 「空想売ります」

 なんか不動産業者から間違い電話がかかってきそうだな。

 それに、あまりにも直接すぎて、誰も買う気がしないだろう。

 というか、そもそも、何を売っているのかさっぱり理解出来ない。

 空想が書かれた文書なら小説でいいじゃないか。

 空想が描かれた絵なら漫画や絵画でいいじゃないか。

 空想が映された映像なら以下略。

 なので、イメージを喚起するためのキャッチーなコピーを考えてみる。

 「オリジナリティの創出」

 もっとわからない。

 「人生を豊かにするお約束」

 なんか違う。

 「あなたの知らない世界への扉」

 こわいな。

 「君の友達」

 もっとこわいな。

 うん、思い浮かばない。

 困った。

 何処かに問題があるはずだ。

 ならば、何処かに出口があるはずだ。

 とりあえずの問題を箇条書きにしてみる。

 1.お金を払って得られるアウトプットがよくわからない。
 2.どんな労働が行われるのか(何に金を払うのか)よくわからない。
 3.それが必要な状況がよくわからない。

 よしよし。

 まずアウトプットについてだが、これはクライアントの要求にお答えします!というかたちにする。電子でも紙媒体でもネガでもポジでも映像でもホームページでも、まぁ思いつくメディアは全部対応を唱っておけばよい。

 次に労働の内容だが、当面はアウトプットを作成する作業という事になるだろう。仕事が軌道に乗れば、多くの作業はルーチンワークになって、その分空想に当てる時間が増えていく。そして、最終的には100%ピュア空想のコストパフォーマンスを実現する。

 そのような空想を人はどんな時に必要とするのか?

 大きく、二つのケースが考えられる。

 ニッチ型。例えば、絵を描く技術はあるが、原作が思いつかない万年アシスタント。野心はあるがビジョンのない金満家。自分の研究分野で行き詰まってしまった科学者。とかとか。

 コンペ型。小説界の大型新人を募集。広告界の大型新人を募集。テレビドラマのシナリオライター募集。演歌の歌詞募集…

 俺は、糸井重里でもめざしているのか。

 もとい、た・・つ

 ああ、そうか。

 手段を選ばないクリエイター。

 要するにそういう事か。
| 昨日の日記 | 01:54 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
その先に言葉はない
 ひさしぶりに宇宙に目を向けて、スケールの大きい事でも考えてみるか。

 無茶ぶりし過ぎた。俺、自分に容赦なく無茶ぶり。

 でも、思いついたよ。

 だいぶ前に中央線の八王子から中野に向かう電車の中で考えていた事だった。

 宇宙の法則について、めちゃくちゃ根源的な疑問が浮かんだんだが、文章でうまく表現出来るかはわからない。

 例えばDNAってあるでしょ。あれって実際にどうやって使われているのかって言うと、DNAからmRNAだかなんだかの断片として複製されたコードがリボソームに送り込まれて、リボソームはそのRNAのコードを構成する塩基配列を頭から順に読んでいって、アミノ酸に翻訳していく(つまり生成していく)、という様なことが行われているらしいのな。

 こんな風に説明すると、なんかあらかじめ設計されたシステムのイメージが思い浮かぶでしょ。でもそれはただのイメージだってことはみんな知ってて、実際は自然選択を積み重ねた結果、気が遠くなるような長い時間をかけて洗練されたきた自然の産物なわけですよ。

 だがまてよ、と。

 そういう仕組みは了解した。ところで、そのRNAのあるコードがある決まったアミノ酸に翻訳されるのはなんでなの?と思った訳だ。思ってしまった訳だ。

 GGAとかGGGとかいう配列がグリシンだかなんだかのいつも決まったアミノ酸に翻訳されるそのルールってなんなのと。

 もっというと、宇宙に偏在している何らかの法則ってものがあって、科学はその法則を発見する学問だとしてですよ、その法則自体はいったいどんな成分で成り立っているのかと。

 そんな何となく考えちゃいけないような疑問を頭に浮かべつつ、同時にそういう疑問って果たして、まっとうな問いといえるのかどうかもわからなくなってきたのね。

 1+1=2のイコールっていったい何で出来てるのって聞く俺はバカなんですか?っていうなんとも入り組んだ疑問が頭に浮かんでくるとです。

 科学が法則を発見するのはいい。実際にそういう法則が確かに存在するんやろうと。

 ところでその法則ってどういう仕組みで法則として成立しているのかと。科学は法則を見つけられても法則の法則は見つけないのかね。

 いや仮に見つけたとして、それじゃ今度は法則の法則の法則の・・・ってことになるのか、あるいは何処かで疑問が消滅するくらいまで解明されるのか?

 いやいや、飛ばしすぎた、とりあえずのとりあえずは法則の法則だけでも聞いてみたい。

 とはいいながら、法則を見つけるまでが、人間の知性の限界なのかもしれないと思ってみたりもする訳だ。

 具体的にいこう。

 ここにオムレツのレシピがある。誰かがこれを読んでオムレツをこしらえる。

 これは理解出来る。

 しかし、ここにAAAというコードがある。これをリボソームが翻訳するとアッチョンブリケというアミノ酸が出来ますよ。となると、なんだか腑に落ちないものがある。

 AAAをアッチョンブリケに翻訳するその翻訳ルールはリボソームの側にあるのか?自然法則として存在するのか?

 リボソームの側にあると仮定して、リボソームは何処かに翻訳ルールを記憶していて、注文が来る度に毎回間違えずに相応しいアミノ酸を作っているのだろうか?

 そうではなくて、特定の塩基配列が、リボソーム内の特殊な機構を通過する時に、自然法則が働いて、特定のアミノ酸が必然的に生じているのか?

 自然法則っていったいなんなの?

 法則は、科学が現在到達する事ができた限界地点に付けられた単なる呼び名に過ぎないのではないか?

 わからない。わからないから、寝る。
| 昨日の日記 | 04:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
書く基本
 冒険小説を書きたいなら、冒険小説を書いちゃいけないんだ。

 そんなこと、今まで誰も教えてくれなかった。

 だから自分で思いついた。

 思いついたのはいいが、どうやって実践したらいいか考えてみる。

 たとえば、原子力飛行船に乗って主人公と5人の仲間達が旅をしているとする。

 原子力飛行船って何?なんて気にしてはいけない。

 読む人は気にしていい。だけど書く人は気にしちゃいけない。それがどんな構造をしていて、どういう原理で飛んでいて、どこで作られて、いつの時代で、なんてことを説明しようなんてもってのほかである。

 とにかく旅してるんだ。そうこなくちゃいけない。

 どこに向かっているのか。なんて気にしちゃいけない。

 読む人は気にしていい。だけど書く人は気にしちゃいけない。そんな事を気にするのは、冒険小説を書こうなんていう思い上がりの兆候に他ならないのだから。

 この飛行船の最年少の乗組員、マル・デ・フランスにとって今一番気がかりな事といえば、この船がどういう原理で地表から800メートルもの上空に浮かんでいられるのかとか、この船がどんな目的でどこに向かっているのか、なんて言う事ではなくて、ポケットに忍ばせている、昨夜抜き取ったばかりの虫歯を握りしめながら、こんなものをずっと大事に取っておくことが、空の男として相応しいことなのかどうかという事なのであって、時おり持ち場を離れては、そっとポケットから取り出して、そのかたちや歯根にわずかにこびりついた肉片をためつすがめつしているくらいが相応しいのである。
| 昨日の日記 | 01:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ネコロニー孝 断片
 猫が人間の言葉を使う時は、人が同じ言葉をつかう場合とはいくらか異なる意味でつかうことがほとんどです。どのくらい違うかと言いますと、言葉のかたちにもよるのですが、人間が猫に化ける事が出来たとして、よく知っている言葉を猫が使っているところを注意深く聞いていると、きっと猫たちは言葉を間違えて使っているのだと考えずにはいられないくらいの違いがあるほどです。

 それでは次の発表です。

 猫も夢を見ます。僕たちが寝ている時、僕たちはいくつも夢を見ています。そして僕たちは夢の中で夢を見ている事を知らない場合がほとんどです。猫が夢を見ている時も同じです。猫は夢を見ている事を知りません。けれども猫が眠っているところをずっと観察していると、夢を見ている猫と夢を見ている人間が、同じように夢を見ているのではない事がわかります。

 僕たちが一晩の間に見る夢はいくつもあります。そして目が覚めるとたいていの夢は忘れてしまいます。それでも、なんとなく夢を見ていた気がするので僕たちは夢を見ていたと考えるのです。猫も一晩の間にいくつも夢を見ます。そして目が覚めると夢の事は忘れてしまいます。けれども、猫は夢を見ていたと考えたりはしないのです。なぜなら、猫は何となく夢を見ていた気がするということをしないからです。僕は夢を見ている時の猫の考えと夢を見ていない時の猫の考えを見分ける本当の意見を知りたいと思います。
| 昨日の日記 | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
主語を探せ
 ゼロになる頭 ぽぽぽぽ〜ん

 リセット完了。

 帰宅途中の電車の中で、開いた本のページ越しにぼんやりと霞む真向かいの女が、毎度新手の俺好みな顔立ちをしているというのは錯覚かもしれないが、本を少しばかり下におろしてわざわざ確認してみたところで、俺と女の視線が交錯した刹那、書籍は手から滑り落ち、ハードカバーが床を打つ音を聞いた時にはすでに、俺は女の足下にひざまづき、美しいという音節を持った深いため息をもらすと、まるで聞こえていないふうを装いながら、それでいて目の前で起きている非日常的な光景に気がついていないというその事自体が、そのまま女の動揺を明白ならしめている逆説、という類いのおよそ考えうるが決して起こり得ないファーストコンタクトに想像力を駆り立てる欲望の閃光だけが、意識するもの−意識されるものすなわちノエシス−ノエマの関係をそのまま持つもの−持たざるものに置き換える事が可能なほどにまで人口が稠密化し人間の評価基準が細分先鋭化した大都市圏における通勤電車の中にあって、視線を捧げるという些末なそれでいて決して安価とはいえない行為のささやかな見返りとして、期待されるに過ぎない。
| 昨日の日記 | 02:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
農耕パソコン
 復興したいな 俺の人生

 まあ、手はある。

 俺が二人いると仮定しよう。

 俺Aは生活の糧つまり金を稼ぐ俺。

 俺Bは人生の糧つまり夢に生きる俺。

 だったら、俺は俺Bを選ぶに決まっている。

 じゃあ俺Aは誰にやらせるか?

 今の俺にはパソコンしかいないよなと。

 不公平だと思われては困る。

 パソコンに俺の夢を叶える望みがあるのならば、俺が俺Aに甘んじるのにやぶさかではない。

 しかし、現実的に考えて、俺の代りに夢を実現する(ために努力する)パソコンと俺の代りにお金を稼ぐ(ために働く)パソコンのどっちなら実現する可能性が高いかを考えると、やっぱり後者という事になるじゃないか。

 それに、俺は今までさんざん俺Aをやってきたじゃないかと。

 俺Bもやってたか。

 そう、一人で二つもやろうとするから両方ともどっち付かずの状態になってしまったのだ。

 俺は俺Bをやるぞと、そのために俺Aをやってくれるパソコンというかアプリケーションを作るぞと。

 俺よ大志を抱け、である。

 仕事の手助けになるアプリとか、創作の手助けになるツールとか、最初の目標が小さかったのだ。

 物事の根本にさかのぼって考えた時に、結局実現したかったのは、コピーロボット、つまり俺の代りに金を稼いでくれるシステムなのだ。

 しかし、こう文章で書くとなんか卑しい感じがしてしまうのな。

 何か労働の本質に関係する問題に、何処かでつながっているのかもしれない。

 もしこの時代にパソコンがなかったとしたら、俺Aを押し付けられていたのは、俺にそんな力があったとして、それは奴隷ということになっていたのかもしれない。

 あるいは仮にパソコンにそんな仕事が可能だったとして、その仕事は畑を耕すくらい真っ当な仕事なんだろうか。

 インターネットの世界で、畑を耕すくらいまっとうな労働とはいったい何だろうか。
| 昨日の日記 | 21:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ポイント二倍キャンペーン
 書きながら着地点が見えてる文章なんて嫌いだ

 今日はジャーナリストと哲学者の違いについて何か書いてみようかと思ったんだが、投稿しようと画面開いた瞬間に、俺の脳が抵抗しだしたので、それはやめて脈絡もなく書く事にする。

 日付が変わるまであと小1時間。仕事と通勤時間で奪われた12時間をこの短時間でどうやって取り戻してやろうかと。

 コピーロボットのおでこからその日の出来事をダウンロードするみたいなサービス、どっかで誰かがやらないだろうか。

 どこもやってないなら、俺が始めればビッグビジネスになるんじゃないか。

 コピーロボットなんて作れる訳はないが、あのダウンロードだけでもなんとか実現出来ないだろうか。

 俺があくせく働いている間に、もう一人の俺が未知の体験をしていて、俺が仕事から帰ってくると、もう一人の俺が体験した出来事を、俺が短時間で追体験する。

 要件を抽出すると。

 未知の体験。短時間で追体験。

 ユースケースにすると。

 アクター(俺)→サービス利用→失われた12時間分の経験知が加算。

 ううむ、ユースケースで考えると、ただ長生きすれば同じ事になるんじゃないか。このサービスである利点はどこにあるのか?

 それはつまり、追加された経験がすぐに明日に生かされるということだろう。

 短時間で12時間分の経験知を手に入れる事が最重要案件な訳だ。

 モデルケースで考えてみる。

 たとえば、読みたい本があるとする。俺が働いている間に、もう一人の俺が読んでいる。で、家に帰って空いている小1時間で12時間かけた読書が追体験できる、とか。

 速読ってことか。

 別のケース。

 ピアノで弾きたい曲があって、俺が働いている間に、もう一人の俺が猛特訓。家に帰って空いている小1時間でダウンロード、するとピアノが弾けるようになる、とか。

 これはわかりやすい。

 よし、実現させたい要望の輪郭がはっきりしてきたな。

 念押しのモデルケース。

 小説を書くために調べたい事があって、俺が働いている間に、以下略。

 おお、これなら安心して仕事に専念出来るな。

 だがまてよと。それって食っていけるだけの金があれば、実現出来る話じゃねーのかと。要するに仕事してる時間が惜しいだけの話じゃねーのかと。要は金かと。

 そもそも、コピーロボットって、主人公がパーマンやってる間のアリバイ作りのためのツールなのであった。

 いやいや、ここであきらめたらイノベーションにはつながらない。

 個人的な事情はどうあれ、小1時間で12時間分の経験が出来たとしたら、それは立派な発明だ。

 しかし。1時間で12時間の経験をする事って、それは欲望として正しいのだろうか。

 1時間の経験って何なのか。

 12時間の経験って何なのか。

 この小1時間を使って考えたこの事は、一体どんな時間なのか?

 俺は何がしたかったのか。ピアノが弾けるようになりたかったのか?小説を書く時間が欲しいだけなのか?

 地道に練習すれば弾けるようになるんじゃないのか?

 とにかく書いてれば、いつか小説が書き上がるんじゃないのか?

 ああそうさ、全部いっぺんに手に入ればいいなあって思ってみただけだよ。
| 昨日の日記 | 01:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
英国式庭園式空想癖
 マルソ君は考えた。

「意識はどこからくるのだろう。進化論が事実なら意識という現象には、どこかにからくりが有るはずだ」

 唐突な思いつきではない。マルソ君は長い通勤時間を利用して、進化論について書かれた本を少しずつ読みなら、少しずつ考え続けていたのだった。

 この数ヶ月、マルソ君は自作のサイトを開設するために様々な努力を地道に重ねていた。

 自宅のMacに開発環境をインストールして、週末エンジニアリングを始めたのが去年の夏頃。

 データベースの最新技術を自己流に解釈してライブラリを自作し、それをつかってウェブアプリケーションで実践し、パフォーマンスが悪すぎて断念したのが10月頃。

 軌道修正して従来の技術で進める事に決着し、無印のノートに手書きの基本設計を書き始めた矢先、八王子という東京の西端に出張が決まったのがその翌月。

 通勤で往復3時間半も削られ、いっときたりとも無駄にしまいとプルーストやスタンダール、ユゴー、フローベールといった古典を読む一方で、基本設計は概要設計のまま製造に踏み切ったのが年明け。

 サーバサイドのフレームワークを自作し、jQueryを使用したクライアントAPIのリファクタリングを繰り返し、ようやく完成のめどが立ったのが、先月。

 そして先日。ホスティングサービスを利用してサーバーを構築し、自作のサイトを立ち上げるまでに至ったのである。

 とはいえ、一般公開するには課題も多く、はじめの一歩を踏み出したということで、なんとか自己満足を見いだしているマルソ君であった。

 そもそもマルソ君が自作のサイトを作ろうとした動機は、シナリオや小説といった創作活動のためのツールを作って、年とともに衰えていく己の能力を補おうというものだった。

 それがいつしか、己の収入を補おうという淡い期待に姿を変え、やがて起業家の野心にまで膨張し、ゴールを目前にして現実認識の甘さを悟ったマルソ君は、ここにきて端緒の志しに回帰したのであった。

「この経験だって、なにかのネタにならないとなぜ言える?」

 マルソ君の切り替えの早さと行ったら、ムーンサルト並みである。

 サイト公開に向けてやる事が山積みではあるけれど、マルソ君の胸は四次元ポケットくらい期待に満ちている。

「どうせやるなら、目標はでかく人工知能の発明だ。いや、アーティフィシャルな心、人工意識だ」

 回り道に関して言えばマルソ君には節度がない。とはいえ誰にも迷惑をかけないうちは、マルソ君の大好きな空想の庭いじりに、あえて水を差す事も有るまい。
| 昨日の日記 | 21:44 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |